ついに!無課金ルーク・スカイウォーカーをゲット!

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カンティーナチャレンジですべてのシムとエネルギーを使いった結果、ルークを無課金でゲットすることに成功しました。
チャレンジ4日目です。
皆さん、上位ランク50位 以内を目指して、一日150のクリスタルをゲットできれば短期間で無課金ルークゲットできます!

無課金ルーク・スカイウォーカーをすべての資材+装備を投入したら強なった!

最初は、攻撃力1000程度だったのが、、まぁ素敵。
クリティカル時には1900超えを叩き出すようになりました!
スキル資財+装備をありったけつぎ込めが一発必中のキャラの出来上がりです!

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更に、Level43以降は、物理ダメージの追加率がすごい魅力的になっているぞ!
これはワクワクだ!
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幸せはお金で買えるかもしれない。{諸説あり}

ニューヨーク(CNNMoney) 幸せはお金で買えるかもしれない。ただし、どの程度幸せになれるかは、お金の使い方による――。米ハーバード大学ビジネススクールの教授がそんな説を披露した。
この説は同大のマイケル・ノートン教授が今月開かれたニューヨーク・タイムズ紙の講演会で発表した。出費行動について科学的な研究を進めた結果、物にお金を使うよりも、体験のために出費した方が一般的には幸福度が高いことが分かったという。
例えば友人との夕食や休暇などは一時的な体験にもかかわらず、テレビやコンピューターやスマートフォンなど持続する物を買うより幸福になれる傾向があった。
テレビやスマートフォンは1人で黙って見たりゲームをしたりといった行動に使われるのに対し、旅行に出かければ友人や家族との絆が深まったり新しい場所を訪れたりして思い出ができるとノートン氏は指摘。友人と食事に行くといったちょっとした体験にも、それと同じことが言えると解説する。
一方、高額商品を買う場合、購入前から機種の選定や値段のことで悩み、注文した商品が予定通りに届くかどうか心配し、購入した後も設定でストレスが募るなどして、その時点で価値の一部が失われる。
これに対して休暇やデートは待つこと自体で気分が高まる。休暇の場合、実は出発の前日が最も幸福度が高くなるという。「体験はそれが起きる前から私たちを幸せにする」とノートン氏は言う。
旅行先で出発便が遅れたりホテルにがっかりしたり、新婚旅行でトラブルが起きたりすることもある。それでも帰宅した後は幸せな思い出の方が残りがち。「体験は消えてしまうからこそ、私たちは素晴らしかった現実を作り上げ、幸せになることができる」とノートン氏は解説している。

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City light fantasia by naked

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冬バージョンのオープニングセレモニーに光栄にもご招待いただき参加してきました!

C CHANNEL名古屋でも、特集動画をMIHARUさんとネイキッド 村松亮太郎社長と収録いたしました。
近日公開されますので是非ご覧になって下さい。

前回に比べて大幅にバージョンアップされておりとても感動;)

人生に彩りを与えるプロジェクションマッピング、テレビ塔では11月20日から2月14日まで毎日開催しています。

ぜひお勧めします^_−☆

他者への貢献があなたを幸せにする理由 なぜ信頼関係は重要なのか

引用元: http://logmi.jp/101423?pg=1

生まれた国の文化を理解してくれるからです。

人は直感で相手を仲間をだと判断できる

仕事でも同じです。自分を理解してくれる、自分と同じ価値観で似たような世界観を持つ人と一緒に働きたいと思いませんか?異なる意見や違いの話ではありません。それは多様性であり良いことです。問題解決の際、多様性は有利に働きます。同じ問題でもお互い異なる角度からその問題を捉え、異なる解決策を見出していく、という具合に。今私が話をしているのは、一体なぜ私たちはお互いに助け合う必要があるのか、ということです。一体何を成し遂げようとしているのか、という話です。何が価値観や信念を生み出すのか? 何がきっかけでそこに信頼感が生まれるのか?私たち人間の直感の話です。私たちは自分と似たような価値観や信念を抱く人々を見つけるのが得意です。自分の生存がそれに依存しているからです。生物学的にその能力を持ち合わせているのです。今ここで皆さんに「自分と似たような価値観を抱く人を外で探して来てください」と言ったとします。皆さんはどうすれば良いか知っていますよ。まずは人に話しかけ、その人について良い感情を抱くか悪い感情を抱くかを感じます。「その人とフィーリングが合うか」を確かめます。合う時もあれば合わない時もある。それは出会ってすぐにわかることもあれば、しばらくしてからわかることもあります。ポイントは私たちがフィーリングが合うかどうかを確かめることができるということで、それは友人関係、恋愛、ネットワーキングの場で発揮されます。私たちには生まれつきこの能力が備わっています。問題はそれを物理的に測ることができないという点であり、自分にしかその感覚を理解することができないということです。しかしどんなサインを基準にするか、例えば今私が皆さんに「外に出て赤い帽子をかぶっている人を全員見つけてきてください」と言ったとする。見つけるのは簡単ですよね。パリにいる皆さんがアメリカ英語を耳にする、これもサインです。アメリカ英語を話す人と個人的に知り合いではないにも関わらず、彼らの言うことを信じてしまうのです。「あのレストランに行くべきだよ!」と勧められれば「オーケー!」と言って彼らの言う通りそのレストランに行くでしょう。普通の生活の中で道を歩いていて、見知らぬ人から「あのレストランに行ったほうがいいよ」と突然勧められても「一体こいつは何を言っているんだ」で終わりでしょう。(会場笑)そうでしょう? 無視して終わりのはずです。信頼はこのように作用するのです。皆さんはすべての物事について詳細な知識を持つ必要はありません。

私たちの言動は、私たちがどんな人間であるかのサインになる

例えば新しいテレビを購入したいと思っているとします。どのテレビを買おうか調べつくし、どのテレビを買おうか決めたとします。「よし、LGのテレビを買おう!」と。週末に絶対買うと決めたとします。金曜日に友人の家に遊びに行き、その彼はガジェットに精通した男で最新ガジェットをいつも持っている。彼に「しっかりと調べた結果最新モデルのLGのテレビを買うことにした」と言います。すると彼は「やめときな。ソニーのほうがいいよ」と言う。ここで起こることは2つに1つです。「しっかり調べたのに! 本当かな? 彼を信じたほうが良いのだろうか?」と調べなおす。または彼の言うことを素直に信じてソニーを買う。あんなに一生懸命調べたのに、その彼の一言だけでソニーを買うほうに考えを変えてしまう。なぜなら、自分が信じている人、自分のコミュニティにいる人がソニーを買ったほうが良いと言っているからです。あなたは彼を信じている、彼はあなたよりもこの件について詳しいからです。彼を信じているのだから、あなた自身がテレビについてすべてを知る必要はないということです。繰り返しになりますが、例えば人と道でぶつかる、「どこに行くんだい?」と聞かれる、「今から店に行ってLGのテレビを買うのさ」と言う、するとその人が「LGではなくソニーのほうが良いよ」と言ったとしても、「こいつは何を言っているんだ」とその人の話を聞き流すことでしょう。私たちはすべての人を信じるわけではないのです。自分のコミュニティの人々だけを信じます。どんな人を信じるべきかを知らねばなりません。人生で決断することはすべてコミュニケーションのひとつなのです。個人として、または組織として決定することはすべてコミュニケーションのひとつ、つまり自分がやることすべてによって私たちは世間に自分がどんな人間なのか、何を信じる人間なのかという情報を発信しているのです。これが「信頼性」が重要な理由であり、自分が信じていることを言い、実行する必要があるのです。なぜならあなたの言動はあなたがどんな人間であるかのサインであるからです。

嘘をついて信頼してもらおうとすることは馬鹿げている

私たちはそのサインに基づき、自分と同じ価値観や信念を抱く人を見つけ出すのです。私たちの生存がかかっていますから。本来の自分とは異なるサインを発信すると、それに基づきそれに引き寄せられる人々が周囲に集まってきますが、そうして集まってきた人々と信頼関係を築くことはできません。タイガー・ウッズは嘘をつきました。彼は人々が自分に言ってほしいと思っているだろうことを推測し、それを言っていたのです。それは素晴らしく魅力的で、「良い人」という概念に酔いしれていました。それが嘘であったことがわかるまで、我々は彼に魅力を感じていました。「悪い男」でもスポーツ界で活躍するプロとして歴史に名前を残す活躍ができたことでしょうに、彼は嘘をつくことを選びました。彼がもう一度世間の信頼を取り戻すのは難しいでしょう。自分が信じることを発信し、自分が信じるままに行動すれば、それに共感する人々が周囲に集まってきます。「もっとあなたに私を好きになってもらうにはどんな服装をすればいいかな?」「どんな風な話し方にすればもっと私のことを好きになってもらえるかな?」と友人に聞いたら「一体何を言っているんだ?」と言われるでしょう。「まあ聞いてくれよ。何を着たらもっと私のことを好きになってくれるかな? どんな風に話したらもっと仲良くしてくれる?」と続ければ、「そのままの自分でいればいいんじゃないか? 君のことが気に入っているんだから、そのままでいいよ」と言われるでしょう。業界ではどうでしょうか? 市場リサーチをする、お客様に「どんな風な内装にしたらもっと気に入ってもらえますか? もっと好きになってもらうためにどんなものが好きか教えてください」と聞くのは馬鹿げています。組織や企業は自分たちが実際に信じることを実行すべきで、そうすればそれに共感する人が集まってきます。または世間に嘘をつく。少しでも嘘っぽいなと思われれば、信頼してもらえなくなります。言動に一貫性がない、これはつまり信念にひたむきであるか、嘘をついているかの二つにひとつだと。人に「どういう私であればいいでしょうか?」と聞くことが「信頼」に繋がるなど馬鹿げています。社会的立ち位置を研究すること、人にどうしたらもっと信頼してもらえるかを聞きまわるというのは本当に馬鹿げている。

自分たちの本音の付き合いがお互い助け合おうとする気持ちを生む

自分の信じる通りの言動で良いのです。世間に発信するサイン、言動、「赤い帽子」は価値観を共有する人に自分を見つけてもらうための方法なのです。デザイナーとして皆さんができることは、そのようなサインを発信することです。そして人々がそれを使って世間に彼らがどのような人間であるのかサインを発信できるように手助けをすることです。価値観を共有する会社のため、クライアントのため、人々のために仕事をしましょう。そこへ出ていき、自分よりも大きな何かの一部であることを感じてください。皆さんの仕事は彼らの価値観を言葉やデザイン、シンボル、グラフィックにし、人々がそれを使って世間に彼らがどんな人間であるかを発信できるようにすることです。ハーレー・ダビッドソンのタトゥーを入れている人は、自分がどのような人間かを世にアピールしているのです。プロクター・アンド・ギャンブル(P&G)のロゴをタトゥーで身体に刻んでいる人など誰もいません。「ハーレー」にはイメージがあり、そのイメージに意味があるからです。人がハーレーのロゴのタトゥーを入れるのは、ハーレーに乗っていることを世間に発信したいからではありません。彼ら自身についての「何か」を伝えるためです。マックのパソコンを使っている人がリンゴのマークの上に何かを貼って見えないようにしているなんて聞いたことがありますか? マックを彼らが使っているのは彼ら自身がどのような人間であるかを世に発信するためだからです。汚いマックを使っている人なんて見たことがないでしょう? それはマックは自分自身を象徴しているからです。マックを使っていることが世に対する自分のサインだからです。自分たちの価値観を非常に明確し、言動すべてに一貫性があるとそれはその価値観を象徴するサインになります。そして我々はその企業のサインを用いて、自分がどんな人間であるかのサインを世間に発信するのです。人は自分がどんな人間であるかを世に発信するために特定の人々、ブランドや商品で周囲を固めます。自分と価値観を共有する人々を見つけると、不思議なことに我々はその人たちに引き寄せられていきます。なぜなら、私たちの生存は彼らに依存するからです。彼らが必要だからです。自分が何を信じているかを明確にし、それに基づいた言動を心がけると不思議なことが起こり始めます。パリの話と同じです。たったいくつかのシンボルさえあれば、お互いに引き寄せられてすぐに信頼関係が生まれる。それよりも大切なことはお互い助け合おうとする気持ちが生まれることです。これが今話してきたことのポイントです。毎日仕事に行き、パソコンの前に座り、メールやり取りで問題解決をし、席を立って誰かに相談しに行きます。これは人と人との関わりあいです。素晴らしいことですね。

態度の悪い、隣のおばさん

1週間ほど前に飛行機に乗りました。機内の通路を通り、お隣の席の人はすでにそこに座っていました。彼女は通路側の席で私は窓側の席でした。皆さんもやったことはないですか? 先に席に着き、こちらに向かってくる人々を見ながらあの人が隣だったらいいなと思いながら、他の乗客を眺めたり。素敵な女性を見かけると「あの人が隣だったらいいな!」と思うのですが、そういう人に限って隣の席にはなれないんですよね。(会場笑)同じように通路を通る人を見て、「お願いですからこの人と隣の席は勘弁してください」と思ったことはありませんか?(会場笑)彼女は私の存在を無視し続けました。きっと誰も彼女の隣に座らないことを祈っていたのでしょう。普通は自分の横に人が立っていたら、「ここの席ですか?」と声をかけたりするものですよね。しかし彼女は完全に私を無視していました。彼女は本を読んでいて、私は荷物を座席上のキャビンにのせました。その時点でも彼女は私を無視していたので、「すみませんが、その奥の席なんです」と言うと、彼女はあたかも彼女の隣に誰も座ることはないだろうと決め込んでいたかのように大きなため息をつき、立ち上がることなく足を脇のほうへと寄せて私が窓際に入れるようにしました。その時点で私はこのフライトがどんな旅になるかわかっていました。ヘッドホンをつけたまま、会話を交わすことなく、トイレに行きたいと思う度に声をかけるのが怖くてためらうのだろうなと。(会場笑)気圧の関係で、飛行機に乗るとどうもトイレが近くなるんです。乗ってすぐにトイレに行きましたし、ちょっと膀胱が……とこれはまた別の話になってしまうのでやめます。(会場笑)

最も自己中心的な発言をしたおばさん

飛行機は高度を上げ、CAが機内を周り朝食を配っていました。「シリアルとオムレツ、どちらがいいですか?」とCAに聞かれましたので「シリアルをください」と頼みました。その後私の隣に座っていた女性に同じことを聞き、彼女もシリアルを頼みました。その4分後、CAが私たちのほうに戻ってきて言いました、「申し訳ありません、シリアルがひとつしか残っていません」。(会場笑)それを聞いた瞬間、「これは隣の女性に譲ろう」と決めていました。しかし私がそれを彼女に伝えるその前に彼女はCAに向かって「私がシリアルをいただきます」と言ったのです。(会場笑)その時点で私は彼女のことが嫌いになりました。(会場笑)彼女には寛大さがまったくありません。彼女はどんな風にアプローチをしてもシリアルを食べることができたのです。「すみませんが、シリアルをもらってもいいでしょうか?」と聞かれれば、「どうぞどうぞ」と私は譲りましたし、「ごめんなさい、卵アレルギーなのでシリアルを譲ってもらえないでしょうか?」と聞かれても「どうぞどうぞ」と私は言ったでしょう。つまり、何を言われても私は彼女にシリアルを譲る準備ができていたわけです。しかし彼女がとった行動はたくさんの選択肢の中で唯一自己中心的なやり方でした。彼女の願望を満たすことだけ考え、周囲の人が何を考えているかなど気にもしない。更に悪いことに丁寧な物腰でいることも忘れて。私にとってシリアルを食べられるかどうかは関係なく、ただ丁寧な言動を心がけてほしかったのです。そうして私は彼女のことが嫌いになり、この体験を記事に書きました。機内で、彼女の隣で。(会場笑)PCのスクリーンを隠すことなく。(会場笑)彼女の目に留まればいい、と密かに思いながら。(会場笑)彼女は白髪まじりの髪、メガネっと。

自分が他者への寛大さを見せるから、相手も返してくれる

ここでポイントとなるのは、この時点で私は彼女のために何かをしてあげる気が完全に失せていたということです。着陸した時に、機内で少しでも会話を交わしたり良好な体験を共有した場合には彼女の荷物を座席上から取ってあげたりしたでしょう。しかしもちろん私はそれをしませんでした。もし仮に彼女の荷物を取ってあげていたとしたら、それはやさしさからではなく「はい、どうぞ! 取ってあげましたよ! 私は良い人ですからね!」と皮肉を込めて、でしょう。またはこのような女性に対してもまだ良い人でいられる、という自分への励ましの気持ちからでしょう。どのような動機であれ、私が仮に彼女の荷物を降ろしてあげていたらそれは真のやさしい気持ちからではなかったことでしょう。自己中心的または攻撃的な行動と言えたと思います。他者への寛大さ、やさしさ、これは私たち自身が先にそれを見せると、彼らも同じように返してくれるものなのです。繰り返しになりますが、我々の生存はこれにかかっています。お互い信頼し合う関係、私たちを助けようとしてくれる人々と関係を築くのです。自己啓発、という概念が嫌いです。「幸せになる方法」「億万長者になる5つのステップ」「欲しいキャリアを手に入れる7つの方法」。自分の得ばかり考えています。「すぐ隣にいる人を助ける」「すぐそばにいる人がダイエットできるように手伝うための5つのステップ」「すぐそばにいる人が理想のキャリアを手に入れるためにできる7つの方法」は?何か上手くいけば満足感を得ることができます。仕事で成功すれば自分に自信がつくでしょう。しかし真の満足感は他人のために何かをすることができて得ることができるものなのです。その感覚を得るにはそれしか方法はありません。90パーセントの人が自分の仕事で真の満足感を得ていないという統計が出ている理由は、仕事内容でも給与でも待遇でもありません。我々がお互いに助け合うことを忘れてしまったからです。自分のデスクに座ってひたすらパソコンと向き合っているからです。人に話しかけるのは、何か助けて欲しい時だけ。誰かを手伝うために自分のデスクを離れたりはしません。真の寛大さ、やさしさとは見返りを求めずに他人のために何かをすることです。「彼を助けてあげたのに、なぜ彼は助けてくれないんだ!」とは言いません。何かをしてあげたから何かをしてもらうという話ではないのです。自分が自分に対して満足するためにこの話をしているのです。

人は他者を助けるように設計されている

自然の摂理は人間が他者を助けるとこのように感じるよう設計されており、これは我々がこの行動を繰り返すよう動機付けする目的があります。共通の価値観や信念を持つ人々に囲まれていると、信頼が生まれ、我々の生存率と進展率が上昇するからです。セックスは気持ちがいいので皆がします。自然の摂理はセックスを気持ちのよいものにし、人が多くセックスをして種を反映することができるように設計されています。たまたまセックスが気持ちのいいものであるわけではないのです。同じように、真の満足感は我々がその行動を繰り返すように自然によって設計されているのです。種を繁栄させるだけではなく、お互いの絆と文化を強めるためです。「あげる」という概念を調査するために手伝ってくれるというホームレスと実験をしてみました。道で物乞いをしている人に遭遇する、少しでも小銭をホームレスに渡せば気分は良いです。これは良い気分をお金で買ったことになります。つまり商業的な取引です。何かと何かを交換する、つまりここではあなたはお金をホームレスに渡し、それと引き換えに良い気分を味わうことができる、その気分を得るためにお金を払う、ということです。そこでお金を渡さない場合、何も感じないか少し罪悪感を感じるかのいずれかでしょう。お金をあげなければ良い気分にはならないのです。そこでの疑問は、「そのホームレスは人々がお金を恵んでくれるようにしているのか?」です。ホームレスは企業と同じようなものだというジョークがあります。彼らは自分のことをアピールします。「私はこうでこうでこうでこうなんです、助けてください」と。道でボードを掲げている人たちは例えば「ホームレスです」「お腹が空いています」「12人子どもがいます」「退役軍人です」という風に書いています。政治もそうです宗教的概念をアピールしたり、退役軍人票や子どもに寄り添うアピールをしたり。これらは人々から何かを得るための行動です。奪おうとする行動で、与えようとはしていませんよね。すべて自分のことばかり。企業はどうでしょうか? 「スピードを上げました」「私たちが業界トップ」「創業1969年です」「他社よりも優れている」「他社よりも速い」「効率がいい」という具合に自社のアピールばかりです。彼らの商品を買っても特に良い気分にはなりません。

相手の第一に思えば、結果として自分も得をする

私が行なった実験とはニューヨークにいるあるホームレスの女性が手伝ってくれたものです。彼女の掲げる紙にもありきたりな、「私はホームレスで……」ということが書いてありました。彼女の収入は1日20ドルから30ドル、30ドル稼げれば良い、という感じです。私は彼女に新しいメッセージボードをつくって渡しました。すると2時間で40ドル稼ぐことができました。すると彼女はどこかへ行ってしまいました。(会場笑)彼女がホームレスで居続けるのは20から30ドル毎日収入があれば生きていけると決めつけてしまっているからです。そのままそのメッセージボードを掲げて1日そこにいれば150ドル稼げていたでしょうに。とにかく彼女は2時間で40ドルを得ました。私は紙になんと書いて彼女に渡したと思いますか? 「ホームレスに恵むのは1か月に1度なのであれば、私は今度でかまいません」人からもらおうもらおうとするのではなく、私は後で良いですからの精神です。すべてのホームレスを助けることはできないし、彼らが本当に困っているのかわからないじゃないかというのが普通の人の考え方です。そこで、「恵まれない人に何かをあげる機会が1か月に1度なのであれば、あなたが次に困っている人を助けようとする機会にも私は本当に困っているので次にあなたがここを通ってもまだ同じ場所にいるでしょう」というメッセージにすると2時間で40ドルが集まりました。自分を助けて欲しいという気持ちを全面に出さずに、与えてくれる人のことを考える。実際お客様、クライアント、従業員は人間です。商品がどうだとか、マーケティング、デザインは関係ありません。人間を理解しなければビジネスを理解することはできません。私たちは社会的な生き物で、人間です。そして我々の生存は他者と信頼関係を築くことができるかにかかっています。

共通の価値観や信念を持った人と絆を深める

今日このコンファレンスをオンラインでやることだってできました。まったく同じ話をパソコンのカメラの前でして、まったく同じ情報を皆さんにお伝えすることもできました。それが今日この場にいるのと同じ体験になったかといえばノーです。私が言うことを気に入ってもらえるかもしれませんが、信頼関係を築くことはできません。コンファレンスで数日間、本当に退屈なスピーチを聞かされ続けたことが誰にでもあるはずです。でもそんな時でも「スピーカーの話はつまらなかったけど、たくさんの素晴らしい人々に出会えたから行ってよかったと思うよ」と言うのではないでしょうか?今日皆さんがここに集まっているのは業界に携わっているからではなく、共通の価値観や信念を持っているからです。数えきれない数のデザインコンファレンスが行われています。時間とお金を費やさねばコンファレンスに来ることはできません。これは犠牲、支払い、リスクとも言えます。しかしそれでも今日皆さんがここにいるのはお互い共通することがあるからです。ここではないどこか、自分が属していないエリアで偶然今日のコンファレンスで配られたバッジを持っている見知らぬ人を見かけたら、声をかけるのではないでしょうか? その人は他人であるにも関わらず、その人は自分と同じ価値観を共有する人であることをこのバッジが示すのです。ここにいる誰よりもその人が自分と最も近しい価値観を持っている人であり、絆を深めることができるのだと。これが人間というものです。

すぐそばにいる人を助けるために、何かしていることはありますか?

ディスカバリーチャンネルの「deadliest catch」を見たことがありますか? ある晩テレビをつけたらその番組がやっていました。その回、船が物凄い大荒れの海に出ていました。この番組を知らない人のために、この番組はカニを取る船が荒れ狂うベーリング海に出ていく様子を撮影したものです。カニを取る漁師は世界で最も危険な仕事トップ5に入ります。具体的な人数は把握していませんが、1年に何人もの漁師が命を落としているそうです。この番組では5、6隻の船にカメラを搭載しています。他にももっともっと多くの船が海に出ているのですが。しかし船同士が船で出会うことはありません。海は広いですからね。そこで競合相手の各船はお互いに誤った情報を流し合ったり妨害しあったりしています。競争の激しいビジネスですからね。あるエピソードで、海が非常に荒れ狂っていたので必要な機材をすべて船に積み入れて海が収まるのを待つというシーンがありました。その中でカメラを搭載して撮影が行われていた船が、撮影カメラのない船に出会うのです。すべての機材の安全確保後に他の船の撮影を始めました。すると向こうの船で男性が船のヘリに張り付いて、カニ確保用のゲージを海から引き揚げようとしている様子が確認できました。そこへ突然大波が彼を襲い、次の瞬間その男性の姿はもう無かったのです。カメラ撮影側の船の船員たちが叫び始めます「男が落ちたぞ!」そして船を男性が落ちてしまったであろうエリアに走らせます。彼らは海に落ちた男性とは面識もなく、向こう側の船についてもまったく情報がありません。しかし彼らはすぐに救出に向かいました。そして彼らはこの男性を発見します。この海の危険さは、まず水は非常に冷たく、30分もその海の中にいれば高熱症にかかって死んでしまうという海です。落ちた男性は叫んでいました。「助けてくれ!」彼らはこの男性を船に引き上げ、彼の衣類をすべて脱がせブランケットに彼の身体を包みました。そしてこの男性は助かりました。キャプテンがやってきて助かった男性を抱きしめました。2人はお互いを全く知りません。キャプテンはこの男性を自分の息子であるかのように抱きしめました。テレビを見ながら泣きました。皆が泣いていました。人間同士の関わりです。彼ら自身の命も危険にさらしながら海に落ちた男性を救ったのです。彼らは普段は競争相手で妨害しあって自分たちの利益を出そうとしているのにです。しかし競争相手である前に、カニ漁業に携わる仲間です。彼らはお互いがどれだけ危険な仕事をしていて、どれだけリスクを取っているのかを理解しあっているからです。とにかく命が危ない、助けなければ、と他に何の考えもなく素早く救出に向かい、そしてそれは成功しました。あの日あの船に乗っていたすべての人は自分に満足をして帰宅したに違いありません。そして彼らは最も売り上げを得た日のそれ以上に、自分と自分の仕事に満足したに違いありません。私から皆さんにお聞きしたいのは「すぐそばにいる人を助けるために何かしていることはありますか?」です。他の人のために役にたつために起きて仕事に行きたいと思いませんか? 他の人からそのような気持ちで接して欲しいと思いませんか? ありがとうございました。

 

STEVE JOBS LAST WORDS -  スティーブジョブス最後の言葉

I reached the pinnacle of
success in the business world.
私は、ビジネスの世界で、成功の頂点に君臨した。

In others’ eyes, my life is an epitome of success.
他の人の目には、私の人生は、
成功の典型的な縮図に見えるだろう。

However, aside from work, I have little joy.
In the end, wealth is only a fact of life that
I am accustomed to.

しかし、仕事をのぞくと、喜びが少ない人生だった。
人生の終わりには、富など、私が積み上げてきた
人生の単なる事実でしかない。

At this moment, lying on the sick bed and
recalling my whole life,
I realize that all the recognition and wealth that
I took so much pride in, have paled and become
meaningless in the face of impending death.

病気でベッドに寝ていると、
人生が走馬灯のように思い出される。

私がずっとプライドを持っていたこと、
認証(認められること)や富は、
迫る死を目の前にして
色あせていき、何も意味をなさなくなっている。

> In the darkness, I look at the green lights from
the life supporting machines and hear the
humming mechanical sounds,

この暗闇の中で、生命維持装置の
グリーンのライトが点滅するのを見つめ、
機械的な音が耳に聞こえてくる。

I can feel the breath of God and of death drawing closer…

神の息を感じる。死がだんだんと近づいている。。。。

Now I know, when we have accumulated
sufficient wealth to last our lifetime, we should pursue
other matters that are unrelated to wealth…

今やっと理解したことがある。

人生において十分にやっていけるだけの
富を積み上げた後は、富とは関係のない
他のことを追い求めた方が良い。

Should be something that is more important:
もっと大切な何か他のこと。

Perhaps relationships, perhaps art,
perhaps a dream from younger days …

それは、人間関係や、芸術や、
または若い頃からの夢かもしれない。

Non-stop pursuing of wealth will only turn
a person into a twisted being, just like me.

終わりを知らない富の追求は、
人を歪ませてしまう。私のようにね。

God gave us the senses to let us feel
the love in everyone’s heart, not the illusions
brought about by wealth.

神は、誰もの心の中に、
富みによってもたらされた幻想ではなく、

愛を感じさせるための「感覚」
というものを与えてくださった。

The wealth I have won in my life I cannot bring with me.

私が勝ち得た富は、(私が死ぬ時に)
一緒に持っていけるものではない。

What I can bring is only the
memories precipitated by love.

私が持っていける物は、愛情にあふれた思い出だけだ。

That’s the true riches which will follow you,
accompany you, giving you strength and light to go on.

これこそが本当の豊かさであり、あなたとずっと
一緒にいてくれるもの、あなたに力をあたえてくれるもの
あなたの道を照らしてくれるものだ。

Love can travel a thousand miles.
Life has no limit. Go where you want to go.

Reach the height you want to reach.
It is all in your heart and in your hands.

愛とは、何千マイルも超えて旅をする。
人生には限界はない。

行きたいところに行きなさい。

望むところまで高峰を登りなさい。

全てはあなたの心の中にある、

全てはあなたの手の中にあるのだから

What is the most expensive bed in the world? –
“Sick bed” …

世の中で、一番犠牲を払うことになる
「ベッド」は、何か知っているかい?
シックベッド(病床)だよ。

You can employ someone to drive the car for you,
make money for you but you cannot have someone
to bear the sickness for you.

あなたのために、ドライバーを誰か雇うこともできる。
お金を作ってもらうことも出来る。
だけれど、あなたの代わりに病気になってくれる人は
見つけることは出来ない。

Material things lost can be found.
But there is one thing that can never be
found when it is lost – “Life”.

物質的な物はなくなっても、また見つけられる。

しかし、一つだけ、なくなってしまっては、
再度見つけられない物がある。

人生だよ。命だよ。

When a person goes into the operating room,
he will realize that there is one book that he has
yet to finish reading – “Book of Healthy Life”.

手術室に入る時、その病人は、まだ読み終えてない
本が1冊あったことに気付くんだ。

「健康な生活を送る本」

Whichever stage in life we are at right now,
with time, we will face the day when the
curtain comes down.

あなたの人生がどのようなステージにあったとしても、
誰もが、いつか、人生の幕を閉じる日がやってくる。

Treasure Love for your family,
love for your spouse, love for your friends…

あなたの家族のために愛情を大切にしてください。
あなたのパートーナーのために、
あなたの友人のために。

Treat yourself well. Cherish others.

そして自分を丁寧に扱ってあげてください。
他の人を大切にしてください。